日本人の大震災体験が陰謀論に繋がる理由とは?
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■天は地震という天罰を下した?
日本は地震の被害に見舞われることが格段に多い国である。
2003年からの10年間、世界ではマグニチュード6.0以上の地震が1758回起こった。なんと、日本ではそのうち326回発生している。そこには2011年の東日本大震災も含まれるが、大規模な地震の18.5パーセントが日本で起こったことになる。
その点で、日本人にとって地震は珍しいことではない。だが、規模の大きな地震が起こり、しかも津波を伴う確率も高いので、頻繁に災害を経験しなければならない宿命にある。
なぜ大震災が起こるのか。私たちは、それを経験するたびに、そうした疑問を抱いてきた。その際によく持ち出されるのが、「天譴論(てんけんろん)」である。
天譴論とは、天の譴責、天罰のことで、大震災は私たち日本人が堕落している、あるいは精神的にたるんでいるから、それを正すために天は地震という天罰を下したというものである。
■「地震兵器による人工地震」というデマ
1923年の関東大震災に際しては、今年一万円札の顔になる実業家の渋沢栄一が、「今回の大震火災は日に未曾有の大惨害にして、之天譴に非ずや」と、近代日本の政治や経済の発展が、天の意志に反するものではなかったかという警告を発した。
東日本大震災の際にも、当時の石原慎太郎東京都知事が、「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と発言し、物議をかもした。
ただ、今年の元日に発生し、甚大な被害をもたらした能登半島地震の場合には、こうした天譴論はそれほど多くは唱えられなかったように思える。
その代わりに、とくにSNSをにぎわしたのが、「能登半島地震は地震兵器による人工地震によるものだ」というデマ情報である。
■なぜ陰謀論にハマる人が増えているのか
人工地震は関東大震災のときにも言われたようだが、当時はインターネットなど存在せず、SNSでそれが瞬く間に拡散されるということはなかった。
では、誰が何のために人工地震を引き起こしたのか。理由として挙げられたのは、自民党が数々のスキャンダルにまみれ、岸田政権の不祥事を隠蔽(いんぺい)するためだったというものである。これは、北朝鮮がミサイルを発射した際に言われてきたことと共通している。
能登半島の場合、昨年から群発地震が起こり、それが大震災に結びつく可能性があることを、専門家は警告していた。ただ、一方で、終息に向かいつつあるという予測もなされていて、強くは警告がなされなかった。
そもそも、大規模な地震を起こせるような技術は今のところ開発されていない。それに、能登半島地震では、初期の対応に問題があったのではないかと、かえって岸田政権はその責任を追及された。地震がスキャンダルをなかったことにしたわけではない。
よりによって元日というめでたい日に、悲惨な出来事が起こらなければならないのか。その理由を求めて、人工地震という「陰謀論」を信じる人々が少なからず存在した。
さまざまなことに関して、こうした陰謀論が唱えられ、それが急速に拡散されていくのが最近の傾向である。陰謀論が流行し、それにはまってしまう人々が数多く生まれるようになった。
■善悪二元論では「悪い出来事は悪い神のせい」
宗教学の視点からこれをとらえるならば、陰謀論は「善悪二元論」のバリエーションである。善悪二元論は、この世に起こる善い出来事は善い神によるもので、悪い出来事は悪い神によるものだとする考え方で、そのもとはペルシア、今のイランに生まれたゾロアスター教に遡る。
同じくペルシアに生まれたマニ教でも、善悪二元論は受け継がれた。それを否定したのがキリスト教で、神の絶対性を強調するキリスト教は、善悪二元論を徹底して批判してきた。
しかし、善悪二元論の方が、この世界に生まれる悪の原因をうまく説明できるので、キリスト教の世界でもくり返し登場した。キリスト教会はそれを「異端」として撲滅しようとしてきた。もっとも強力な異端とされたのが、中世にフランス南部やイタリア北部で流行した「カタリ派」である。カタリ派は、この現実の社会を悪の世界として徹底して否定し、キリスト教会についても悪の手先としてその価値をいっさい認めなかった。
解散請求にまで追い込まれた旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の場合にも、世界を神の側とサタンの側に分ける点で善悪二元論の傾向を帯びている。
こうした善悪二元論は、実は戦後の世界全体において圧倒的な力を持っていたのではないだろうか。
■冷戦時代は陰謀論も信憑性があったが…
戦後の世界には冷戦構造が成立した。西には自由主義、資本主義の社会が存在し、東には社会主義、共産主義の社会が存在した。両者は、直接武力を戦わせることのない冷戦を続けていた。それは、1989年11月のベルリンの壁崩壊まで続いた。
冷戦の時代、西側の世界で何か重大な事件が起これば、それは東側の世界の陰謀だとされた。それは東側の世界でも同様で、とくにアメリカの陰謀ということが盛んに言われていた。
現実に、西側の世界も東側の世界も、相手の勢力を弱めるために、さまざまな形で陰謀をめぐらした。そうした陰謀を働く主役となったのがアメリカのCIAであり、ソ連のKGBだった。
イギリスの「007」のシリーズやハリウッドのスパイ映画も、こうした冷戦構造の産物で、物語はソ連や東側諸国の陰謀を暴く形で進行した。
冷戦構造が続く時代、陰謀論は決してデマ情報ではなかった。真実と見なされ、陰謀によって世界が動かされているという見方は、かなりの信憑性をもっていた。
■現在は「悪の根源」がいなくなってしまった
ところが、冷戦構造が崩れることで、こうした陰謀論は成り立たなくなった。それは、ハリウッド映画の世界に混乱をもたらし、どこに悪を求めていいかがはっきりしなくなった。一時は、イスラム教の過激派が敵として想定される時期があったが、それは共産主義国家のような巨悪ではなく、その分過激派を敵として描いた映画はどうしてもスケールが小さくなり、あまり面白いものではなくなった。
陰謀論がとくに指摘されるようになったのは、冷戦構造が崩壊し、さらには、イスラム教原理主義過激派によるテロが頻発しなくなってからである。
もちろんそこには、インターネットとSNSの普及が関係しているだろうが、根本には、悪の根源を見つけにくくなったことが影響している。
世の中では、善いことも起これば、悪いことも起こる。善いことについては、あまりその原因を突き詰めて考えたりはしない。ところが、悪いこととなれば、その状態が続くこと、あるいはそれが再び起こることに不安を感じ、なんとか原因を知りたいと考える。
そこに陰謀論を受け入れてしまう心理が生まれるわけだが、現代の陰謀論の特徴は、陰謀を働く主体がはっきりしないことにある。地震兵器を誰が作り、誰が使ったのか。岸田政権の窮地を救うためなら、日本政府ということになるが、人工地震を引き起こした主体がはっきりと指摘されることはなかった。
■Qアノンもディープ・ステートも正体不明
あるいは、正体不明の組織が主体とされることもある。アメリカを中心に広がる「Qアノン」による陰謀説がその代表である。
Qアノンは2017年にネット掲示板に投稿して以降、アメリカの政財界は「ディープ・ステート(闇の政府)」によって操られていると告発し、トランプ元大統領は、それと密かに戦っているのだと主張するが、ディープ・ステートがどのようなものかも、Qがどういう人物なのかも、一向に明らかにはならない。少なくとも、それを信じない人間には、ただのおとぎ話である。
しかし、正体がはっきりしない分、どんなことでもディープ・ステートの陰謀とすることができる。現実に存在する組織なら、ソ連がそうであったように衰退したり、崩壊したりすることがあるが、おとぎ話のなかの組織なら、いくらでも話を盛ることができるし、永遠に存在し続けられる。
実は、こうした事例の先駆となるものが日本に存在した。
それが、2003年に世の中を騒がせたパナウェーブ研究所による「白装束騒動」である。
■「陰謀を働く集団」が消えるまで陰謀論は続く
この組織は、教祖が千乃裕子であったところから、「千乃正法」とも呼ばれていた。千乃は、自分は共産主義過激派の電磁波による攻撃を受け続けていると訴え続けた。白を身にまとったり、沿道の木々に白い布を巻いたりするのは、電磁波による攻撃を防ぐためだった。
この集団については、最近、金田直久による『白装束集団を率いた女 千乃裕子の生涯』(論創社)というドキュメントが刊行された。それを読むと、千乃の死は、共産主義過激派を操っていたサタンを誘き寄せ、それを殲滅するものであったという解釈が集団のなかでなされるようになり、大勝利とされるようになったという。
そうした解釈で、会員たちが納得したのも、千乃正法では、共産主義過激派がどういう勢力かを特定せず、現実の世界ではまったく戦わなかったからである。それによっておとぎ話の世界で、すべての問題は解決されてしまったのだ。
世にはびこる陰謀論に終わりが来るとすれば、陰謀を働く集団が壊滅したことを語る物語が生まれる時かもしれない。
果たしてそんな時は訪れるのか。問題はそこにある。
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宗教学者、作家
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)など著書多数。
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(出典 news.nicovideo.jp)
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